2013年06月25日

『華麗なるギャツビー』〜タマネギ男の悲劇

中西部出身のニック・キャラウェイは、第一次大戦に従軍後、好況に沸<ニューヨークの証券会社で働き始める。彼の従妹のデイジーは、ニックの大学時代の友人でオールドマネーに属するトム・ブキャナンと結婚し、ロング・アイランドの高級住宅地に住んでいた。ニックがロング・アイランドの対岸に居を構えたことから、彼はブキャナン家との旧交を温めることになる。

ニックが借りたのは森の中のつましいコテージだったが、周辺にはやはり邸宅が建ち並んでいた。ただし、ブキャナン家の住む対岸―帯は古くからオールドマネーの所有地だったのに対し、こちら側は新興成金が開発した地域だった。ニックの隣人はギャツビーという得体のしれない男で、邸宅というよりは城と呼ぶのがふさわしい豪邸では、夜な夜なニューヨークから人が押しかけてパーティが開かれていた。

ある日、ニックのもとにギャツビーから招待状が舞い込む。パーティに出かけたニックは、パーティ客はみな招待されたのではな<押し掛けた人々で、誰一人として当主のギャツビーを知らないことに驚<。そしてそのパーティで初めてニックはギャツビーと出会う。実はギャツビーがニックに近づいたのは、ある計画のためだった…

この時代のアメリカは禁酒法を施行していたが、全くといっていいほど機能しなかったこの法律は、無許可の酒の製造と流通によってマフィアを潤わせることになる。ギャツビーもまた、そうした闇のシステムにもぐりこんで巨万の富を築いた男だった。いくら上流階級出身のふりをしても、シカゴやデトロイトから無遠慮なほどひっきりなしにかかってくる電話から、彼の不穏な商売や怪しげな正体がにじみ出てくる。

ただ、彼が富を得ようとしたのはひたすら愛のためだった。かつて無一文の若い将校だったギャツビーはデイジーと恋に落ち、彼女にプロポーズするに恥ずかしくない富を手に入れると誓ったのだ。しかし戦争が終わっても戻らないギャツビーを待ちきれなかったデイジーは、シカゴで知り合ったトム・ブキャナンと結婚してしまう。ギャツビーはブキャナン邸の向かいに住んで、デイジーが自分のもとに戻るのを待ち焦がれていた。

なんとまあ空虚な人生だろう。この男の人生は嘘で塗り固められていて、剥いても剥いても皮ばかりのタマネギのように中身がない。その嘘もいかにも俗物が考えつきそうな底の浅いもので、ニックやトムはすぐに彼が口で言っているような人間ではないと看破する。そんな彼の唯一の真実はデイジーヘの愛だった。ニックは文学青年らしくそれをロマンチックだと思い、ギャツビーの嘘に対して寛容さで応える。

この物語でニックが果たした役割は興味深い。彼は冒頭で、寛容であれという父の教えを語る。実際には彼は寛容だったのではなく傍観者だっただけだ。もし彼がトムとマートルの関係をたしなめていれば、あるいはギャツビーにデイジーの本当の気持ちをイ云えていれば、この悲劇は起きなかっただろう。

だが彼は何もせず、灰の谷の大きな看板のように傍観して悲劇が起こるにまかせる。彼はギャツビーを偉大だったと語るが、それは彼が人生の傍観者であるのに対し、ギャツビーが自分の理想に向かって―それが幻想であったにせよ―がむしゃらに行動した男だったからだろう。

もしギャツビーが赤貧の中で育ったのでなければ、デイジーをあそこまで理想化することはなかったのではないか。彼女は愛らしくはあるが、とくに際立った個性を持たない平凡な女性だ。彼女の処世術はただひとつ、「女の子は美しいお馬鹿さんが一番」というものだ。

ギャツビーにとって、デイジーは彼が子供のころから憧れていた上流社会の象徴だった。デイジーの愛を手にいれれば自分は完璧になれる、それがギャツビーの信念だった。しかし、そもそもデイジーの側に愛と呼べるような強い感情はあったのだろうか。昔の崇拝者の一人が成功して戻ってきて、今もかわらぬ愛をささげてくれたことは彼女を喜ばせただろう。だが、彼女の気持ちがギャツビーと同じだったとはとても思えない。

西洋文学の系譜ではギャツビーはドン・キホーテに連なる者である。デイジーはギャツビーのドゥルシネア、ドン・キホーテが思いをよせた空想の中の姫君だった。そしてドストエフスキーの言葉を借りれば、ギャツビーの物語もまた「最も偉大で最も物悲しい」。
posted by bluegene at 23:20| Comment(2) | 映画
この記事へのコメント
ギャツビーがデイジーを家に招き入れ、シャツをバッサバッサばら撒いたシーンが好きでした。あの一瞬のギャツビーはとても幸せに見えました。でもそれも儚いものでしたね。トビー マグワイア は抑えた役が似合うなぁと思いました。
Posted by さとうさんた at 2013年06月27日 21:15
あのシーンは泣けました(´;ω;`) デイジーには彼が理解できなかったんですよね…デイジーじゃなくニックなら彼を理解できたのでしょうが、そういう物語が描かれるのはもっと先のことですね…
Posted by bluegene at 2013年06月29日 00:32
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。