2014年12月15日

『ホビット』三部作

金曜のことですが。行ってきました、『ホビット』三部作オールナイト上映。

やー眠くなるかと思ったけどそんなことはまったくなく。夜7時から夜中の3時半まで、20分の休憩を2回はさんで約8時間、あっという間だった。

でまあ、ついに終わったという記念に、『ロード・オブ・ザ・リング』も含めてちょっと思ったことをつらつらと書いてみたよ。まだ見てない人もいると思うので、以下ネタバレあるからご注意。


『ホビット』の映画化の話を聞いたときは、原作の長さからして単発ものだろうと思った。それが前後編だと聞き、さらに3部作になったときには、あの短い話をどう引き延ばすんだろうかと心配になった。『指輪物語』のときの、あの長い話をどうまとめるのか心配したのとは真逆である。

心配なことは他にもあった。『指輪物語』よりも『ホビット』のほうがおとぎ話らしいというか、要は子供向けなんである。エンディングなんか悲惨なのにさらっと流されてる。これを大人の鑑賞にも堪える映画にするには『指輪物語』のときとは別の改変が必要になるのは間違いなかった。

『指輪物語』と映画の『ロード・オブ・ザ・リング』の目立った違いは、映画版は全編を通して悲劇的で悲壮なトーンが支配的なことである。フロドの滅びの山への旅は、その困難さにもかかわらず、原作では牧歌的でのどかな雰囲気に満ちている。それはトールキンが意識したのが神話や伝承の創作であって、小説的なリアリティを追及したわけではなかったからだろう。

だが、たとえば「ヘラクレスは刃を通さない皮をもつライオンを絞め殺し、皮を剥いで鎧としました」という神話を実写化したら血みどろな残酷絵になるのと同じように、フロドの旅を実写化すれば絶望的な死の道行にならざるを得ない。

ジャクソン監督はそれを逆手にとり、『指輪物語』を純粋な若者が困難を乗り越えて使命を果たす感動的な物語として描いた。だからフロドは(原作のような中年のホビットではなく)大きな瞳が印象的な生真面目で内気な青年になったわけだし、牧歌的な要素の最たるものだったトム・ボンバディルやラダガストは省かれたわけだ。本当は「樹の精」エントも省きたかったのじゃないかと思うが、エントがいないとアイゼンガルドの破壊につながらないのでこれは致し方なかったのだろう。

主人公を純朴な若者に描いたのとは逆の理由で、敵役は想像力の限界に挑戦するような醜悪な造型がなされている。小説で「醜い」と書かれても具体的にはなにも想像していなかったので、映画を見たときに「ひゃー醜いってこういうことだったのか…これは確かに醜い…」と思ったものである。

『指輪物語』の愛読者で映画版に批判的だった人は少なくないが、私はここまで潔く大衆受けするアクション巨編に改変したことに逆に感心した。そしてこの物語の舞台となるホビット庄からモルドールまで、登場するホビットからエルフからナズグルまで、それらすべてを想像力と技術を駆使して具現化し、まさに「目に見えるもの」にしてくれたことに深く感謝した。

改変するとはいっても『指輪物語』の場合、長い話をどう切り詰めるかに重点が置かれていたので、プロットに大きな変更はない。しかし『ホビット』の場合はいかに寓話をリアルにするか、描かれていない部分を補うかに重点が置かれている。

そもそも、原作にはあまり切迫感がない。「秋の最後の日」にエレボールの扉の入口がわかるという設定はあるのだが、一行はトロルにつかまったり森で迷ったりエルフ王につかまったりしながらも、つつがなくエレボールに着いて扉の前で何日もキャンプをしている。だが映画でこんなのんびりした行軍を描いたらお客さんが退屈して寝てしまうだろう。アクション映画に必須の緊迫感を出すために、「秋の最後の日」というデッドラインが強調され、さらにオークの首領アゾグが一行を追っているという設定も加えられた。

『ホビット』は『指輪物語』の前に書かれているため、当然サウロンや1つの指輪への言及はないが、映画では『指輪物語』の設定を取り入れ、サウロンの復活を軸のひとつにしている。それによってガンダルフの不在もうまいこと説明できるのでこれは一石二鳥だった。

また、原作のドワーフたちの目的は「お宝を取り戻すこと」で、エレボールの再興は考えていない。「盗人」を探していたのは裏口から入り込んで宝物を運び出すためなのだが、宝物の量を考えるとリアリティがなく、それでアーケンストーンを探させるという設定に変更したのだろう。

登場人物に関して言えば、ビルボとガンダルフ以外はみんな原作とかなりキャラが違うし、思い切った追加もされている。その最たるものがトーリンとタウリエルである。

原作のトーリンは演説好きでちょっと威張った「お偉いさん」だが、映画版ではエレボールの再興を悲願とする貴種流離譚のヒーローになっている。演じるのも二枚目俳優のリチャード・アーミテッジで、アクション映画の主人公なのにアクションができないというビルボのハンデを補う裏番長ならぬ裏主人公の立場にある。

一方、タウリエルはまったく原作にはないキャラクターで、キーリとペアでロマンス担当。アクション映画にロマンスは不要と開き直れない製作者の悩みが見て取れる。しかも主人公なのにロマンスができな(以下ry)

ここまで書いてて気づいたんだが、『ホビット』の映画化にあたっての最大の困難は、ビルボがアクション映画の主人公とは程遠いキャラなことだったのだろう。いっそ原作どおりコミカルにしてしまう手もあっただろうが、ご存じのようにトーリンと二人の甥は最後に死んでしまうし、『指輪物語』をあれほど悲壮な映画に仕立てた以上、トーンを合わせないわけにはいかない。

結果として、アラゴルンとボロミアを足して2で割ったようなトーリンとか、ドワーフにしてはありえないほど美形なキーリとか、クール・ビューティでいけずなスランドゥイルとか、町長に虐げられるやもめで三人の子持ちのバルドとか、トーリンを追跡するアゾグとか、美形成分およびアクション補充のために駆り出されたレゴラスとかが総出で「アクション映画」ならびに「指輪前史」としての『ホビット』を支えることになった。

アクション映画に必要なもの。それはアクションができる主人公とその主人公を慕う仲間、主人公をつけ狙う敵、そして(アクションの邪魔にならない程度の)ロマンス。

いっこもないじゃん。

いやー、ジャクソン監督がんばったね。本当によくやった、と言いたい。『指輪物語』と『ホビット』の映画化にあたって省かれたもの、付け加えられたものを分析すると、アクション映画がヒットする条件が見えてくると思うよ、うん。

それでも私は『ロード・オブ・ザ・リング』も『ホビット』も好きだし見ていて楽しかった。それはやはり、中つ国を現実のように描いた映像のすばらしさ、映画のもつマジックだと思う。

あと、個人的に一番お気に入りだったのはアゾグなんだな。LoTRではオークもウルク・ハイもエキストラ扱いで、名前どころか個性もなにもなかったから、アゾグは新鮮だった。白いワーグもアゾグには尻尾ふってて可愛かったし。ジャクソン監督も実はアゾグが好きだったんじゃないかと思う(笑)
posted by bluegene at 01:01| Comment(3) | 映画
この記事へのコメント
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