2014年02月07日

リチャードII

なんかひさしぶりにブログに投稿するよ…

デヴィッド・テナント主演のリチャード二世、正月早々ロンドンのバービカン劇場で観劇し、ストラトフォード・アポン・エイボンの劇場中継も二回見てまいりました。

原作を読んでいたときには、リチャード二世は現代人の価値観では理解しにくく共感もできないキャラクターで、なんかやなヤツだなあと思っていたのに、実際に舞台の上で演じられるとその印象がまったく変わってしまった。なんていうか、"I am the ghost of Troubled Richard" といってリチャードの霊が目の前で語り始めたような。廃位を迫られ悲嘆にくれるさまは悲哀が姿をとって舞台に立ちつくしているようで、私のボキャブラリーではまったく表現不可能ですが、ひとことでいうと心を動かされますた(´;ω;`)ウッ…

リチャード二世は14世紀後半のイングランド王で、10歳で戴冠して33歳で廃位させられている。時は100年戦争の真っ最中、親仏的だったリチャードは主戦派と対立しており、ジョン・オブ・ゴーントや追放された息子のボリングブルックは対立派に所属してたんですな。

この時代のことだから当然かもしれないが、王は自分を神から権利を授かった神聖な存在だとマジで信じてたようで、鼻持ちならないほど横柄でナルってます。テナントのリチャードはまずこの浮世離れした感じをたいへんよく表現していた。で、アイルランド遠征から戻ってボリングブルックが反旗を翻したと知ったとき、自分もただの人間なのだと気づいて、ここらへんから急速に人間臭くなるのね。

そのクライマックスがボリングブルック(のちのヘンリー4世)に退位を迫られたときのオペラのアリアのような長セリフで、ここはぜひ原文にあたっておいてほしいシーンですな。そして「私には名もない、称号もない」て続くにおよんで誰もが紅涙を絞るでありましょう( TДT)

このRSCの演出ではヨーク公の息子オーマールとリチャードの関係が重要な鍵となってるが、戯曲を読んでいたときはそんなに目立ったキャラではなく、どちらかというとヨーク公のつらさ(「すまじきものは宮仕え」的な)を強調するためにこしらえられた人物に見えた。でもこの演出では、ブッシーやグリーンといった寵臣を失ったリチャードに同情して彼に寄り添う人物に描かれている。だからこそ新王への忠誠を見せるために彼がリチャードを暗殺することがリチャードの悲劇性を強めるのだが、欲を言えばオーマールの心変わりの理由がもうひとひねりほしかったような。

この劇場中継、3回予定されていて、2月9日に3回目が上映されるので、近場で上映する劇場がある方はぜひ見ておいてほしい。シェイクスピア劇の神髄を見られますよ。
posted by bluegene at 00:50| Comment(1) | 日記