2013年01月10日

『もうひとりのシェイクスピア』

ことし最初の映画は『もうひとりのシェイクスピア』。トレイラーを見て面白そうだとチェックしていたのだが、監督が「あの」ローランド・エメリッヒなので半信半疑だった。

そんなものすごい映画ファンてわけじゃないが、いちおう「この監督なら間違いないかな」という判断基準はもっていて、その対極の「この監督は苦手」の筆頭にあげられるのがマイケル・ベイとかローランド・エメリッヒなのだ。B級娯楽大作の中でも、とくに紋切型なキャラクターと荒唐無稽かつ単純なストーリーとあざとい演出を得意とする監督(笑)

が、『もうひとりのシェイクスピア』ではそうしたB級ぽさは影をひそめ、昔からあるシェイクスピア別人説をベースに、虚実をないまぜにした複雑な物語とリアリティある登場人物の心理的葛藤を描いている。あまりのテイストの違いにローランド・エメリッヒ別人説でもとなえたいくらいだ。過去に『パトリオット』という独立戦争を舞台にした作品もあるので、実は歴史ものが好きな人なのかも。

ストーリー:

現代の劇場。舞台中央の案内人が、観客に告げる。“時代の魂−−我らのシェイクスピア……しかしその存在は謎。ならば少々異端の暗黒なる物語をお見せしよう”。

そして、もうひとりのシェイクスピアの幕があがる。

16世紀末。エリザベス一世統治下のロンドン。一人の男が捕らえられ、ロンドン塔へ送られる。彼の名はベン・ジョンソン。劇作家。尋問人が彼に尋ねる。「オックスフォード伯エドワード・ド・ヴィアがお前に渡した作品はどこにある?」。

時は少し遡る。ロンドンの街では演劇が盛んになり、市民も貴族も芝居に熱狂していた。しかし、この風潮を快く思わない者もいた。エリザベス一世の宰相として権力をふるうウィリアム・セシル卿とその息子ロバートである。セシルは「芝居は悪魔の産物」と決めつけ、芝居に扇動された民衆が政治に影響を与える事を恐れていた。そんなある日、オックスフォード伯エドワード・ド・ヴィアがサウサンプトン伯に連れられ、評判の芝居を見にやってきた。作者はベン・ジョンソン。鮮やかな芝居に感心するエドワードだったが、芝居の途中でセシルの兵が現れて上演を中止させ、作者も役者も観客さえも取り押さえようと劇場は大混乱となる。すんでのところで逃げ出した2人。だがエドワードの目には観客の熱狂が残っていた。これこそセシル父子が恐れる“力”なのだ。

セシルは、老いたエリザベスの後継にスコットランド王ジェームスを据えようとしていた。エドワードにとってセシルは義父だが、彼は義父とは異なり、チューダー朝の王たるべき者が後継であるべきと考えていた。エドワードが庇護するサウサンプトン伯とともに“エリザベスの隠し子”と噂されるエセックス伯も強力なチューダー朝派で、セシルは彼らをエリザベスから遠ざけようしていた。
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posted by bluegene at 20:00| Comment(0) | 映画