むかし、スティーヴン・キングの邦訳は読み尽くしちゃったけどまだ原書に手を出す勇気がなかったとき、他の作家のモダン・ホラーを読みあさった時期があった。クーンツもかなり読んだし、とくに人語を理解する犬が出てくる『ウォッチャーズ』は犬好きにはたまらない小説だった。が、人間の深層心理をえぐるようなキングとちがって、悪も善もわかりやすいクーンツはモンスターもわかりやすく、いささか食い足りなくてそのうち読むのをやめてしまった。
久しぶりに読んだ『フランケンシュタイン』三部作は、フランケンシュタインとモンスターが現代まで生き延びていたという設定があまりにトンデモだったので手に取ったのだが、大団円の予想がつくB級ハリウッド超大作みたいで、よくも悪くもクーンツらしい作品だった。が、後書きにあった「オッド・トーマス」のシリーズはなんか面白そう…ということで早速第一作『オッド・トーマスの霊感』を借りてくる。
オッド・トーマスは南カリフォルニアの町ピコ・ムンドに住む20歳のコック。彼には特異な能力があった。死者の霊が目に見え、霊が伝えたいことがわかるのだ。ある日、オッドは勤務先のレストランで悪霊の取り憑いた男を見て、不吉な予感を覚える。彼は男の家を探し出して中に入るが、そこで数多の悪霊を目撃した。そして翌日に何か恐ろしいことが起きるのを知るが……
似たようなプロットで『ゴースト 天国からのささやき』てドラマがあった。あれも主人公は霊能者で、霊がこの世でやり残したこと、言いそびれたことを遺された人に伝えてあげるという話だが、視聴者は死者と生者をだいたい区別できる。この小説のミソは一人称で記述されているところ。主人公が「見た」人物が霊かどうかは、主人公がそう書かなければわからないのだ。そのトリックがうまく使われている。
ボダッハという不気味な存在もイイ。これも死者の霊と同じく主人公にしか見えないのだが、惨劇が起こる現場や死が迫った人のまわりに出没する。主人公は、タイムマシンに乗って惨事を見物にきた悪趣味な未来人ではないかと思っている。
主人公の近しい友人は彼の特殊能力を知っている。警察署長もその一人で、ときどき主人公は死者の霊の情報をもとに殺人事件解決の手助けをする。また、この本を書くよう薦めた超肥満のミステリー作家もチョイ役ながら印象的。友人とは言えないが、なぜかこの町に住み着いているプレスリーの霊というのも出てきて、プレスリー・マニアの女性と好対照となっている。
一番魅力的なのは主人公の恋人のストーミー。モールにあるアイスクリーム店で働く彼女は、この世は新兵訓練所だと信じている。この世のどんな過酷な体験も次の世界で「兵役」につくための訓練で、兵役で「冒険」をしたあとの世界では「褒賞」が待っていると。幼いころに両親を失い、里親に性的虐待を受けたストーミーは、そう自分に言い聞かせてつらい日々を乗り越えてきたのだ。彼女の名前がどうもウェールズ系くさいところ(ストーミーは通称で、本名はブロンウェン・ルウェリンという)も個人的にはポイント高い。
ほかにも盲目のDJ(『ブラック・ハウス』の登場人物を思い出した)や、911で家族を失ったことを受け入れられず、彼らはただ「見えなくなった」だけで自分も見えなくなってしまうのを恐れている女性など、今までになく脇役にいたるまでキャラクターに味がある。
企てた悪事のわりには悪役が小物くさく類型的なのが難点だが、一人称という制約上、悪役の内面を描くことは難しかったということだろうか。
ハッピーエンドが多いクーンツというイメージがあったので、予想はできたもののほろ苦いラストは意外だった。クーンツの最高傑作に推す人もいるが、ラストが違っていたらここまでは評価されなかったと思う。やっぱりハッピーエンドしか書けないうちは作家はダメだと思うんだな。バッドエンドしか書けない(主人公が特攻して終わり、的な)のはもっとダメだけど。
posted by bluegene at 21:00|
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